日記 2001年2月分 〜Diary in 2001/ 2〜
 2、3日分を纏めてUPするのは果たして定期更新と言えるのかな……?
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◇ 2001年2月28日

 水曜。今日は寝てない(爆)。
 BlessのDNMLプラグインなんぞ作ってて、いつの間にか寝る機会を逃したのだ。
 しかし、初めてのDNML製作が、誰もプラグインを作ってないゲームでやることになるとは思わなかった……。普通、ONEとか、Kanonとかのすでに規格の出来たやつで二次創作DNMLを作るものだよなぁ。プラグインからいきなり作るかぁ〜?(笑)
 まあ、何とか形にはなったけど……。ゼロから作るのって、大変だよぉ〜(;;)。
 その後、サークルの追い出しコンパに参加。ただしバイトのせいで2次会から……。
 おかげでみんな盛り上がってる中、一人浮いててね……。バイトバイトもどうかと思うね……。
◇ 2001年2月27日

 相変わらず昼間に起きた。
 で、天下統一Vをちょこっとやった、のみ。
◇ 2001年2月26日

 今日も相変わらず昼間に起きちゃったい(^^;)。
 で、バイトまでブラブラしてたら、友人から是非見ろと、マンガを見せられる。
 みずはら樹理 著 「水平線の彼方に」
 なんと昔の「りぼん」に掲載された「戦争マンガ」(爆)
 まあ、さすがに少女マンガなので、べたべたな恋愛ものです。50年前にタイムスリップして、そこで出会った若い海兵、沖田 航と知り合って……という内容。
 しかし、とうぜん見所はそこではありません。
 まず、タイムスリップ当時の時間は「昭和19年、台湾沖航空戦の真っ最中(!)」。
 そしてわれらが沖田君(笑)の乗る軍艦は、名前が「戦艦 春日」!
 マニアックな軍事オタクが反応せざるを得ないようなえらくツボ突きすぎなシチュエイションです(爆)。
 しかし残念な事に、春日は戦艦です。甲標的母艦ではありません。
 普通の大和型なのです。
 ていうか、雑誌掲載時は大和そのものだったそうです(笑)。
 なんで単行本化に当たって名前が変わったかというと、最後はとうぜん春日(大和)は沈んじゃうんですが、これが昭和19年、しかも台湾沖(笑)
 これはいくら何でもまずいというので直されたらしいです。(^^;
 こういうことあるんですね〜。
 なお、沖田君の春日における配置場所は第4砲塔です
 第4砲塔ってどこよ?(爆)
 つまりは第4高角砲なんだな、などと解釈しようにも、彼はなぜか艦内で配置に付いてるし(笑)。困ったなあ……(笑)。
 もっとも読後、久しぶりに心がすくような感動を味わった事も事実です。
 描かれた時期、掲載雑誌から、この程度のミスは気にならない範囲ですしね。
 久しぶりに面白いものを見させて貰いました。
 ……そーいや今日は2・26事件のあった日なんだけど……これについてのネタ無いねぇ。(−−;
◇ 2001年2月25日

 夜中にBS1でシンガポールにおけるインターネットについての話を観た。
 現在のコンピューターを使う事についての最先端風景には正直愕然とした。
 コンピューターと通信ケーブルを使った論文発表の様子など、俺は生まれてきた時代を間違えたのか? とジェネレーションギャップを憶えざるを得なかった。
 PC使用による情報の収集。これからの活動にはこれが必須なんだな……。
 と言うことは、英語を自由自在に使えるようにならないといけないと云うことか。切実な問題だな……。

 今日の感想。
 もはや、コンピューターと回線を使ったビジネスは、第四次産業と言っていいのかもしれない。
◇ 2001年2月24日

 今日も相変わらず昼間に起きた。
 こんな生活はさすがにまずいので、昨日と比べてちょっとはやる気UPのためにとりあえず家の掃除なんかしてみる。
 結果、少しは片づいた。よかよか。
◇ 2001年2月23日

 相変わらず怠惰な日々を過ごしてる今日この頃。“何もやる気が起きない病”にかかっててどうしようもない。
 そしたらネットで
「ガーブレル期待してますよ〜。早くUPしてください〜」
とのお言葉を貰う。プレッシャーだなぁ。
 頑張らないといけませんね。いけいけゴーゴージャーンプ!
◇ 2001年2月22日

 ようやく「天下統一V」を購入。ひねくれ者なので松平家で開始する。セーブしないと決めてやると、わりと凄まじいプレイになるものだ。余裕があればリプレイでも書いてみよう。
◇ 2001年2月21日

 どこかに新しいバイト落ちてないかなぁ
◇ 2001年2月20日

 今日って、あかりの誕生日なんだね〜。知らなかったよ。
 ……とまあ、そんなことを書いたあとでおもむろにプロジェクトXの話に(笑)。
 今回は南極観測の話後半。面白かったものの、前半に比べて心を打つ要素が少なかったような気がしなくもない。恐らく、前半と違いのんべんだらりと危機が続く(これはこれで大事なのではあるが……)だけかつ、一つ一つのエピソードが前半と比べて薄いのがいけなかったのだろう。まあ、だから後半は面白くないと云う訳じゃなくて、“前半は100点だった! であるからには、後半は120点になるだろう!”という思いこみ(というか、期待)から発生してるきわめて主観的な観点の結果なんですけどね……。
 でも、最後には男泣きに泣きましたよ、ええ。
◇ 2001年2月19日

 バイト前、ふと立ち寄ったゲーム屋で人生ゲームを発見した。
 「でじこの人生ゲーム」だ。
 何か世の中間違ってるような気がする……。
◇ 2001年2月18日

 親父に日曜大工を手伝わされる羽目に。
 おかげで休日が飛んだよ〜(泣)。
◇ 2001年2月17日

 本屋にて大井 篤 著「海上護衛戦」を購入。
 前から欲しかったんだよね〜この本。元々は朝日ソノラマから出てた本で、出版社の倒産により絶版となっていたので、手に入れるのが難しかったんだよね。そんなわけで、再販は非常に嬉しい。ちなみに再販元は学研。
 学研は現在、歴史群像新書で戦記物の出版が盛んだからこういうことを行ってるんだね〜。
◇ 2001年2月16日

 機能、夜中遅くまでネットサーフィンをしてたので、起きたのが昼すぎという怠惰ぶり。そんなわけで大したことがなかった。残念。
◇ 2001年2月15日

 とりあえず、コミケ用に使った絵を友人にスキャナーで取り込んでもらって、色なんか付けてみようと画策。
 ただし、私はそのような美術的目的のためににパソコンを使う機会など無いので、殆ど経験が無い。ので、正直どうなるか分からない(笑)。
 『じゃあ、何で急に?』というと、HP用に何かネタを作らないといけないから。いい加減工事中の箇所をさっさと公開しないと困るからね。
 もちろん、ノウハウなんぞ全くない人間がまともなものものを短期間で作れるはずもないのはよく理解してるので、徐々にやっつけていこうかなどと悠長に構えていたのだが……色を付け始めるととたんに
「ハードディスク容量が足りません」
「メモリが足りません」
と返事が返ってきた。(;_;)
 ちなみに私のマイパソコンはPC9821V16改。メモリを64Mにし、CPUをK6の300MHzにしただけの代物。まあ、冷静に考えれば、こんなもので絵を描くなんて考えてる方がおかしいんだろうけどさあ……無いんだからしょうがないじゃん(;_;)。
 しょうがないのでハードディスクの容量を大幅に空けて、仮想メモリを無理矢理作って描くことにしたが……重いねえ。(;_;)
 ひたすら「がりがりがりがりがりがり……」という音が鳴り続けるんですよ、ええ(泣)。
 最終的には、時間をかけてしあげるべし、とMy左脳が理解した。……新しいパソコンどっかに落ちてないかなぁ?

 その後、夜中に「プロジェクトX」の再放送を見る。
 火曜日はバイトで見れなかったから、再放送を楽しみにしてたのだ。なお、今回は昭和基地南極観測隊の話。
 感想。……良いねえ(/_;)。
 いやもう、たっぷりタオル一枚分泣きましたよ、ええ。
 第一次南極越冬隊に対しての国の総力を挙げたあの行動にたいして泣かずにはいられないじゃないですか。
 ちいさいころに「南極物語」の話を知って感動してた人間としては、

 「南極観測」→「昭和基地」→「南極物語」→「タローとジロー」

というすり込みが行われてるんですよね。まあ、それだけで泣いた訳じゃないんだけど……
 それで、共同観測についての会議中、
「どうしてここに日本がいるのか(さっさと帰れ)」には、
 ふざけんな戦勝国野郎! Fuck ! と思わずにいられなかったですな〜。
 しかも、日本の割り当てられた担当部署が“まだ欧米の誰もが上陸に成功した事のない辺境”ってんだからねぇ。どう考えても嫌みだろう? と感じますやん。
 まあ、敗戦後一〇年しか経ってないのだからしょうがないと言えばそうかもしれないんだけど……。(あれ? ドイツはどうだったのかな、あの時?)
 しかし、宗谷の改装に牧野氏が関与してたのは知らなかったです。それで宗谷の装甲帯が大和のように見えるのか、と思いましたね。まあ、改装が終了した宗谷はどっから見ても軍艦だったのもそういう理由かと納得しましたが。
 ああ、早く来週の後半が見たいです〜。
◇ 2001年2月14日

 今日は何もありませんでした。おわり。

 ……なんだ? 何か言いたそうだな。
◇ 2001年2月13日

 コミケ申し込みにバイト前の夕方、郵便局へ行く。
 到着したときは16時前で、やっぱりというか、郵便局は混雑していた。
 しかし20人も俺の前に待ってる人がいるとは正直思わなかった。結局、30分ほど待って7000円を振り込んだのだが、その待ち時間の間の郵便局員と客の対応を見て、待ち時間がこんなに長いという問題の半分は客にあるのだなと実感。
 結構まぬけなことしてるんですよね、お客さんは。呼び出されてから振り込み用紙をくれと聞いたりとか(カウンターの上に置いてるって)、どうすればいいか書き方を聞いたりとか(用紙置き場の側に書き方を書いた紙が貼ってあるって)。呼び出される前にきちんと用紙とお金を用意しておいて、振り込みの確認だけで済むようにすればこんなに待たされることないのにねえ。
 まあ、振り込みなんて機会は人生の間でそう何度もあるもんじゃないのだから、とんちんかんなことを局員に聞くのも仕方ないのだろう。俺らみたく定額小為替を「分かっていますよ」などという顔で颯爽と買いに来たり、年に最低2回も大金を郵便局で振り込んだりすることが常識となってるような人間はそういないから(笑)。
 その後、バイトまで時間があったので暇つぶしにアニメイトを覗きにいく。
 で、気づいたらいつの間にか8300円が財布から消えていた
 代わりになぜか俺の両手には「Kanon」のTCGカードとかタンブラー(クッキー入り)とかバレンタインセット(3000円!)とか! が握られていた……。
 しかしさあ、ねえ、今日は13日だよ? 何で、よりによって、今日バレンタインセットなんか買ったんだ、俺?
 ……いや、明日買いに来る方がもっとアレかもしれんが……。
◇ 2001年2月12日

 ニュースでは相変わらず「えひめ丸」沈没事件ばかり取り上げられていた。
 そんな中、「ニュース駅」なる番組でフィリピン大統領とリアルタイムインタビューをしていた。
 よくもまあ、国内があんなぐちゃぐちゃの状態で、日本のお気楽極楽な番組に出る余裕があるものだ、と感心する。
 こんな事してるから、世界からフィリピンが一等国と認められないとは思わないのかな? まあ、歴史的に中国という覇権国家の圧力を受けた経験の乏しい国だから、分からなくもないが……。
 個人的な感想だが、歴史的な……という点ではアフリカ諸国も同様と思う。
 こういった国では、過去に“国家”という政治的な集合体を構築する必要を感じるような強力な“人為的外圧”──つまりは覇権国家による侵略──に接した経験が不足してるため、そこに住む人たちが“血族”以上の人間の集団が存在することを感覚的に理解してないと思うのだ(必要ないから)。
 だからこそ、どんな先進的な政治体制でも、先進的であるがゆえに、アフリカ諸国ではまともに機能しないのだろうな。
 ……などと日記に書くとまじめな一日を過ごしてたように思うが、実際は1日中コミケの申し込み用紙を書いてた。(笑)
 明日は申し込みの締め切りだ。忘れないように7000円を振り込もう。
◇ 2001年2月11日

   昨日から引き続いて「えひめ丸」沈没事件をやっていた。
 普通の貨物船じゃなく、高校生(訓練生)が実習中だった訓練船に衝突し、おそらくは死亡したであろう事件についてはあきれると言うしかない。
 しかし、航空管制官は今回の事件で注目がそれたと胸をなで下ろしてるんじゃないのか?
◇ 2001年2月10日

 特に変わったこともなく1日が過ぎたな──と思ってると、いきなり夜中のニュースで原潜と航海訓練船が衝突して沈没などと報道があった。
 驚いたことに沈んだ船は愛媛県──つまり地元の人間が乗ってるという。しかしハワイ沖だぞ、おい? アメリカ軍は何をやってるんだ?
◇ 2001年2月9日

 日が9日に変わった頃(つまり、0000時)、テレビを付けたら逮捕の劇場版をテレビでやっていた。
 あらためて見た感想だが、テンポがよく、アクションもかっこいいが、映画館で見たときと比べるとどうしてもインパクトに欠けるのは仕方ないと思った。あと、かなり止め絵部分が多い事が気になった。
 もちろん、「だからできが悪い」と言うことではない。
 そして12時間後、昼。大学の帰りに本屋前でアンケート調査のお姉さん(&気の弱そうな男)に引っかかった。
「アンケートお願いしま〜す♪」
「結構です(一秒)」
 と顔も見ずに即答。ふっ、勝ったぜ。俺に声を掛けたのが間違いなのさっ。
 しかし、そのまま立ち去ろうとしたら、
「そんなこと言わずに〜」
 と言いながらお姉さんはすかさず回り込んで来た。
「実は私たち、教育についてのセミナーをやってるんですよ〜」
 勧誘かい! アンケートじゃなかったのかっ!
 と、ここでしばし考える。
 そんなふざけた相手に対して採るべき行動は一つ。
「いえ、結構です」
 さっさと逃げることだ。
「スポーツが好きな人とかもいて〜」
 なにっ! しつこいぞ、おい!
「スポーツ嫌いなんですよ」
 即答で返す。
「音楽とかに興味は〜?」
「ありません」
「どんなことが好きですか〜?」
「趣味ないです」
「楽しい人がいるんですよ〜」
「時間がないです」
「一度来てみませんか〜?」
「……すいません。用事があるんで……」
「そうですか……」
 こうして私は撤退に成功した。
 しかし、後味の悪さといったら……。なんか、戦争に勝ったが勝負に負けたって感じ。
 やはり、逆に質問責めにして相手から謝らせる方がいいのだろうか、などと思いもした今日だった……。
◇ 2001年2月8日

 バイトの帰り、所用があって瀬戸くんの所に寄る。だべっていたら冬春さんがやって来た。
 そこで最初はとりとめのない話をしていたが、いつの間にか架空戦記の話にシフトする。この手の話題が出来る人って少ないから、こういう機会は貴重である。心ゆくまで騒ぎました。
 しかし、「いただきじゃんがりあん」の製作サイドに知人がいるとは……、恐るべし! 冬春氏。
◇ 2001年2月7日

 ひまだにゃ〜。ネタないにゃ〜。
◇ 2001年2月6日

 ひまだにゃ〜。ネタないにゃ〜。
◇ 2001年2月5日

 PC雑誌の2000年度ゲームランキングを比べてみたが、完全にKeyの独走で終わるというなかなか楽しい結果が出ていた。(^_^;)
 特にEログインでは「読者が選ぶキャラ順位」で上位5名しか書いてないくせに、名雪、あゆ、栞、佐祐理さんと4人のKanonキャラが占めるのはやりすぎだろう……(他の雑誌ではさすがにこんな事はなかった)さすがはエンターブレインである。……あれ? 舞と真琴は?(笑)
 そのあと、学校の帰りに友人であるじょにーどのの家に雨宿りさせて貰う。その時の会話。
水上: 「なんか面白い話ない?」
じょにー: 「そーですね。この間のレポートですかね」
水上: 「どんなことがあったの?」
じょにー: 「731について書く事になったんですよね」
水上: 「……それで?」
じょにー: 「それで、731は言わずに『近代における中国の問題でそつなくインパクトのある題ないか』とまわりに聞いたんですよ」
水上: 「そしたら?」
じょにー: 「『中国における人口の減少方法について』とか、『増加するゴミ処理問題解決法』とか返ってきまして……」
水上: 「……」
じょにー: 「『じゃまなゴミは燃やさないといけない』とか、『効率よいゴミ処理作業方法について考えるべきだ』とか物騒な結論がでました」
水上: 「……」
 えらい話を聞いたものだ……(笑)。
 その後、部屋に山積みになってる『聖闘士星矢』を読ませて貰う。
 あらためて読んで新発見したことは、ハーデス編が相当続いてたという事。てっきり10話くらいで終わってた様な気がしてたんだがなあ。しかも星矢達ほっといて話が進む進む。こういうのありなのかね。
 しかし双児宮のカノンてかっこいいぜ! 俺の頭の中には全くと言って印象なかったから(ポセイドン編以降の本編自体印象薄から……)こういうのを大収穫というのだろう。しかし、後半になると話の矛盾が出る出る(^_^;)。
 まあ、車田正美だし、いいか! ポセイドン様のお姿も拝めたし(^_^;)。
◇ 2001年2月4日

 200ヒット! 200HIT! 200ひっとぉぉぉぉ!
 なんか感動、です。
 しかし、こんなに早く越えるとは思いませんでした。これも皆様のおかげです。これからもより一層精進を続ける次第でございます。
 つきましては、どのコンテンツの更新を優先させたいかお教え下さると幸いにございます。
 どうかこれからもご愛顧下さいますよう……。(日記というより宣伝だな、これ……(-_-;))
◇ 2001年2月3日

 何でも鑑定団を見ていて、芸術品を収集する事はホント金持ちの道楽だと実感。
 ただし、芸術品→同人誌と変換しても全く違和感無し。しゃれにならんよ……。
◇ 2001年2月2日

 テレホーダイがやっと作動す。これで(2300〜0800時までの間は)時間を気にせずにインターネット可能に。いやあ、ネットサーフィンはホント楽しいねえ。
 しかし、ショートカット増えすぎで大事に。早く整理しないとな……
◇ 2001年2月1日

 バイト仲間と教育問題について討議など交わす。
 俺的には、最近の常識を知らない(&すぐキレる)青少年のしつけの責任は親か、学校か、社会か、あるいはそれら複数の責任か? という問題について、これはもう親の責任としか思えないのだ。
 なぜかというと、基本的に学校は勉強を教えるところであって、社会常識を教える場所ではないと考えてるからだ。
 だから、本来社会常識を教える場所でない学校にそれを求めるのは親が勘違いしているとしか思えない。逆に言えば、親の子供に対する義務を学校に委託した(と認めたとしか思えない現状である現在の)時点で、子供が馬鹿なことを起こした事について親が責任をとらなければ行けないのは当然なのではないだろうか。
 あと、義務教育完全週休二日制もやめるべきだと思う。「ゆとり教育」がそんなにしたいんなら、半ドンの日を増やせばいいのだ。2日も休んだら学校で勉強した中身忘れるだろう! 同様の理由でぽんぽん連休を作るな! そんなに学力レベル下げて楽しいのか、文部省?


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